西村まさ彦さん 朗読に込める反戦の願い
北陸六味 朗読劇にはこれまでも出演してきた。セリフを覚えなくていいぶん、どこか気楽に構えていたところもあった。しかし6月に東京で上演された「奏劇 vol.4『ミュージック・ダイアリー』」の舞台に立ってみて、想像以上に大変であることを痛感した。やはり決して楽なものはない。
この「奏劇」は従来の朗読劇とまったく違う。岩代太郎さんが企画・原案・音楽を担い、生のピアノ演奏が物語に深く絡む。戦争で引き裂かれた恋人たちが音楽を通して心を通わせる――。そんな切なくも美しい物語だ。
今回は「世界を股にかける講談師」という語り手役で、複数の人物を行き来する。舞台袖に下がる間もなくほぼ出ずっぱり。ピアノの生の音を聴きながら、次の一声は瞬間的に波を乱さぬよう重ねていく。演奏のニュアンスは日ごとに微妙に変わり、そのたび語りの呼吸も合わせ直さなければならない。緊張感は並大抵ではない。
久しぶりの岩代さんとの共演で、相変わらず彼の曲は優しく、胸にしみ入る。その独特の世界観が語り全体をやわらかく包み込んでくれる。
演出を担う首藤康之さんは子どものころからバレエを続けてこられた方で、その美学が朗読劇にも色濃く息づいている。共演の三宅健さんと馬場ふみかさんにはバレエを思わせる繊細な身ぶり手ぶりが付けられた。三宅さんと馬場さんの芝居は飾らずまっすぐで、2人の関係性がピュアに立ち上がる。演じすぎても抑えすぎてもいない絶妙な呼吸が、作品に品を添えている。
僕にはバレエダンスはなく、正直ほっとした。大きな動きがないぶん、立ち位置を変えるだけ、ただ歩くだけひとつとっても、所作の一つひとつに意識が向いた。「ちゃんと歩けていない人って、意外と多いんだよね」と首藤さん――。「歩くことの難しさ」を教わった。
舞台に立って意識しているのは、マイクに頼りすぎないこと。言葉にどれだけ圧をかけ、肉声のまま客席に届けられるかが勝負だと思っている。肉声がそのまま届くだろうと、自分の不器用さも感じるが、そう信じて臨むぶん、ものすごいエネルギーを使い、人一倍汗をかく。
作品の背景には戦争がある。今も世界では、報道されない場所で多くの人が愛する人と引き裂かれ、悲しい思いをしている。そんな現実を思うとき、この舞台に立つ意味を深く考えさせられる。反戦の願いを込めて語ることが、自分にできる小さな祈りだと思っている。
舞台は毎回が真剣勝負だ。観客にとっては、その一度きりがすべて。うまくやろうとする気持ちはもう捨てた。ただ「お客様に失礼のないように」という思いだけで立ち続ける。(俳優)
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富山:朝日新聞デジタル 2025-07-02 [
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