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平和な未来握り締めて 岡山県原爆被爆者会、中高生と初めての交流会

 広島、長崎への原爆投下から80年を迎えるのを前に岡山県原爆被爆者会(広信靖之会長)が、岡山市北区のきらめきプラザで被爆者や被爆者を親に持つ「被爆2世」らと中高生との交流会を初めて開いた。被爆者らは被爆の実相を伝え、平和な世界の担い手となる若い世代に向けて、自ら考えて行動する大切さなどを訴えた。
 13日に開かれた交流会には約30人が参加。原爆が落とされた後に被爆地に入った「入市被爆者」2人が、当時の状況や経験、思いなどを語った。
 10歳だった吉田恵子さん(90)は当時、広島県北部の寺に学童疎開中だった。原爆投下後に迎えにきた母と広島市内に戻ると「一面の焼け野原であぜんとした」と話した。爆心地近くにいて、苦しんで21歳で亡くなった兄の状況を説明。吉田さんは今なお戦火が絶えない世界を憂慮し「一日も早く平和な世の中が訪れるよう皆さんと努力していきたい」と語った。
 村山義信さん(80)は生後間もなく、母親と長崎市に入った。家族は直前まで爆心地近くに住んでいたが、村山さんが生まれたのを機に約6キロ北に疎開。長崎に原爆が投下された日のわずか45日前だったという。中高生に向けて「未来は若いあなたたち自身のもの。自ら考えて実行し、平和な未来を握りしめて」と呼びかけた。
 会場でその後、参加者らは車座になって原爆や戦争、平和について言葉を交わした。「戦争の話に耳をふさぐ若い人がいるのでは」と投げかけられると、高校生の一人は「しっかり聞いて事実を知ることが平和への一歩だと思う」と答えた。岡山には県の被爆者健康手帳を持つ人が800人以上いる。別の高校生は「思った以上に多くてびっくりした」と率直な思いを口にした。
 山陽学園高3年の森口智喜さんは被爆証言を初めて聴いた。「臨場感があり、少し怖くなった」。所属する同校JRC(青少年赤十字)部の有志で8月5、6日に広島を訪れ、中高生による署名活動への参加や広島平和記念資料館訪問を予定している。「資料館では、しっかり目を背けず見たい」と力を込めた。
     ◇
 被爆の実相を知り、平和について考えてもらおうと、岡山県原爆被爆者会などはパネル展を開く。7月31日~8月3日午前10時~午後6時にJR岡山駅のエキチカひろば、8月5~7日午前8時半~午後5時15分に県庁1階でそれぞれ開催され、いずれも無料。

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岡山:朝日新聞デジタル 2025-07-31 [Edit / 編集]

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