西村まさ彦さん 「戦後」知らぬ世代の挑戦
北陸六味 富山駅前から車で20分。田園の緑を抜けると、水橋中部公民館(相山ホール)に行き着く。
この夏、8月29、30日は水橋中部公民館、9月7日は富山テレビ1階特設会場にて、僕が主宰する「演劇集団 富山舞台」が、「恥ずかしながらグッドバイ」を上演する。原作は宮崎出身の故・中島淳彦氏。戦後27年ぶりに発見された横井庄一氏、小野田寛郎氏ら、元日本兵の実話をもとにした戯曲だ。終戦を知らず潜伏した彼らの孤独と葛藤を描きつつ、随所にちりばめられたユーモアが緊張と緩和の絶妙なリズムを生む。
稽古場には新人も加わり、20代前半から60代まで8人の出演者が集う。配役は声と間合いで決めた。67歳の劇団員を除く7人は「戦後」を知らない若手世代。この劇団員たちが本原作の持つ痛みと希望をどのように感じ、捉え、演技でいかに体現するかに最も興味を向けている。
これまでは舞台上演の脚本決定から少なくとも2カ月ほど稽古期間を設けてきたが、今回の稽古期間は1カ月。短期間での上演準備は富山舞台として初の挑戦であり、俳優たちの底力が問われる。
30年近くもの長きにわたりジャングルに身を潜め続けた横井氏と小野田氏。現地に終戦の知らせが届かず、祖国と上官への忠義から戦線を離れられなかった。彼らの揺るぎない信念と苦悩は、日本人の忠誠心と責任感の深さを象徴しており、そうした独特の信念と苦悩を、富山舞台が演じる。
重いテーマは当初の警戒感を生む。冒頭から重たい話が続くと避けたくなる方もいるだろうが、戦争という永遠の題材を取り扱った本作は随所に笑いとユーモアをちりばめ、軽妙な会話で緩急をつけることで、その壁を巧みに取り除く。軽妙なタッチで取っ付きにくさを払拭(ふっしょく)し、観客はユーモアに引き込まれ没入する。知らず知らずのうちに物語世界の虜(とりこ)となり、「戦争とは何か」を考えるきっかけになれば。
ともすれば、人は何か起きてから慌て、事前に準備しておけばと後悔するではないか。災害は「忘れた頃にやってくる」と言われるが、戦争も同様だ。攻撃を受けてからの準備では遅く、起こる前から戦争について考える。人間のDNAに「平和は善きもの」という思いが刻まれているとすれば、戦争を否定する意識を育むことこそが、平和への第一歩だと考える。
幸せとは何かを問い直す今、平和な社会こそが私たちの最大の幸福だ。おせっかいだっていい、偽善だっていい。その願いを次世代へ手渡す覚悟を胸に「演劇集団 富山舞台」はこの戦後80年の暑い8月、全力で幕を開く。(俳優)
有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。
今すぐ登録(1カ月間無料)ログインする※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません
富山:朝日新聞デジタル 2025-08-13 [
Edit / 編集]